今月のことば  令和4年 4月

世の中にたえて桜のなかりせば

春の心はのどけからまし 

-在原業平-

 

【意味】

世の中に桜が全くなかったなら、春を過ごす人の心はのどかなことだろう。 

 

【解説】

 桜が満開となるのはほんの一時。もうすぐ満開だと思っていた桜が、いつの間にか咲き終わって散ってしまうこともよくある。満開の一時を狙って見ようとするなら、日々桜の様子に気を配らなければならない。綺麗な桜を見るために気苦労をしたり、見逃して悔しい思いをするくらいなら、桜などない方が心安らかでいられるのではないか。

 

 書かれている言葉だけを見ればそういう意味だが、桜の美しさには人の心を惑わすほどの魅力があるのだという意味でもあろう。あるいは桜に一喜一憂させられる人間の姿を楽しんでいるのかもしれない。

 

 仏教に不一不異(ふいつふい)という教えがある。二つの事柄が相反することなく、といって同化することもなく、それぞれが付かず離れず存在することをいう。プラスがあれば必ずマイナスがある。マイナスは避けたいが、そうするとプラスもなくなってしまう。その両方を受け入れ、相反する気持ちを自分の中で共存させることが悟りの心である。

 

 綺麗な桜を見る喜びがあるから、見逃したら悔しくなる。悔しいからこそ、満開を見届ける喜びも大きくなる。その両方を楽しめるようになった時、心はずっと豊かになり、桜がもっと美しく見えるようになる。